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不安を解消していたら何故か起業してしまった!

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 「このままでいいのかな・・・」

ふと考えることってないですか?

 

よほど、今の人生に納得している時

もしくは、忙しすぎて人生を考える

余裕もない方は考えないと思います。

 

今回は、仕事をしていて、

ある程度現在の仕事にも慣れて

自分の10年、20年先や

定年時にある程度自分がどのように

なっているか見えてしまった方が

 

感じる不安と私の解消方法と

何故か起業してしまった経緯を

お伝えしたいと思います。

 

【初めて「このままでいいのかな・・・」と感じたとき】

 私は最初老健で働きました。

 

初めて正社員で働くという責任感は

あまり感じませんでした。

 

だって、仕事がたまらなく面白かったんです。

 

高齢者の方に介護して直ぐに

「ありがとう」とレスポンスが返ってきたり

毎日、先輩から実践的な介護技術を学ぶことに

非常にやりがいを感じていました。

 

もう、就職して3ヵ月後には

「お金をもらってこんなに楽しく仕事していいの?」

という感覚。

 

私は社会に出たら、すごく厳しいことが

あると思い込んでいたんです。

 

ですが、無かったですね。

 

「会社の為に苦しい思いをしないと成功しない!」

みたいに言う方はいませんでしたし、

色んなアイデアを提案すると採用してくれたりと

非常に順風満帆だったと思います。

 

ですが、3年、4年と仕事を続けていくと

部署異動もありましたが、介護士兼相談員として

働くことに疑問を感じるようになりました。

 

「このままでいいのかな・・・」と。

 

【3回転職しました】

 

最初の老健では、介護や相談員業務を

させて頂き、介護の土台を築けたという気持ちと

社会福祉士の資格を取得。

 

そして5年間勤務したことでケアマネの

受験資格を得ることができました。

もっと違う世界を見たい!という好奇心から

一度目の退職を行ないました。

 

その頃は、26歳で社会人経験が

介護業界しか知らないことに漠然とした

不安を持っていた事が理由です。

 

その後は、法律関係の国家資格へ独学で

チャレンジしながら、派遣労働者として

1年くらい過ごしていました。

 

派遣労働者として働いていた時の話

→ http://houkatu.hatenablog.com/entry/2017/01/10/142749

 

社会の荒波に揉まれて、やっと

介護業界こそ自分の天職と気付いた

私は、ケアプラン作成業務を行なう

地域包括支援センターの嘱託職員として

介護業界に返り咲いたのです。

 

ですが、30歳近くでいつまでも嘱託である

ことに不安を感じて、ケアマネジャーとして転職。

 

その後、縁があり、32歳の時に

地域包括支援センターの所長として

働かせていただくこととなり

現在は小さい会社ですが起業しています。

 

一つ一つ転職する際の経緯を話すと

長くなるんですが、共通して思ったことは

「将来に不安」

を感じた所だと思います。

 

老健の時は一生介護士や相談員という

小さな世界しか知らない自分に不安を

感じていました。

 

嘱託職員の時には、満期になるとまた

就職先を探さなければいけないという

現実に不安を感じていました。

 

最期の地域包括支援センターの所長を

退職した理由は、

「このままでは住民主体の助け合い活動が実現できない!」

と個ではなく、もっと広い視野から

何とかしないといけない!と思った

からなんですが、よくよく考えると

 

このまま住民主体の助け合いができない

日本に不安を感じたということになります。

 

結果、様々な方の協力もあり、

教育コンテンツを制作し情報共有

させて頂いています。

 

今思うと、私が感じていた不安というのは、

未来の自分から

「もうそろそろ、こっちの行き方をした方がいいんじゃない?」

というサインだったんじゃないかと思います。

 

あなたも不安というサインがあったら、

未来の自分からのメッセージヒントかもしれない

と思うと、新たな解決策が導き出せる

かもしれません。

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