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エフォートケアシステム株式会社社長のブログ

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正義の名のもとに戦ってよい相手とは?

コラム
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 僕は正義という言葉を聞くと違和感といやな予感を感じる。

 

どうせその正義の先には、正義を大義名分にした戦いが待ち構えており、どちらかが多少なりに傷つく、もしくは両方とも何かしらのダメージを受けることが想定できるからだ。

 

正義の為に悪を正そうと戦う。その戦いは、暴力だけではない。現実世界では多くの場合、言葉の暴力いや、陰口という形をとる場合が多い。

 

その結果、正義の名のもと、陰口を言うグループを作り、悪をじりじりと追い詰め、排除する。ミッションコンプリート。

 

だが残念なことに、その正義というものは個人の主観によるものが多く、生活歴や生まれてきた年代、読んできた本、その時の常識などで大きく左右される。結果、よくよく考えてみれば、あの時の正義って間違えてたよね~。みたいに流される場合がある。よく使われるのは「あの時はまだ幼かったんだ」と。

 

 僕は自分の中に譲れない正義があったとしても、その正義の為に誰かを直接的にも間接的にも傷つけることは最も避けなければならない事だと思っている。そもそも、誰かを傷つけるための正義って、正義じゃないよね。

 

そう考えると、どんな正義なら戦えばよいのか?それは、個人や集団に対してではない。それが社会課題であったり、世の中の流れが悪しき方向に動いているという風潮だ。

 

罪を憎んで人を憎まず。ちょっと違うがそれに近い。

 

気をつけないと正義の名のもとに、悪行をしてしまう危険性があります。

 

あなたが正義を一番だと感じているようなら、あなたは誰かにとっての凶悪です。

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